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本記事は、原著者の許諾のもとに翻訳・掲載しております。

スタートアップを経営する上で学んだ重要なことの1つは、マクロスケールではイノベーション市場が効率的だということです。スタートアップが立ち上がることのできるような市場には、ほぼ間違いなく複数のスタートアップが既に存在していると思われます。逆もまた真なりで、ある市場にスタートアップの気配が全く感じられないようであれば、その市場にはスタートアップの受け入れ態勢がないということになり、起業できる可能性は低いでしょう。

その意味において、スタートアップは生物学的な生命体に似ています。条件さえ整っていれば、そこには既に生命体が存在するというわけです。異なる点を挙げれば、スタートアップを取り巻く世界が生物学的な環境ではなく、経済的な環境ということでしょうか。

このことはスタートアップの起業アイデアの選択に大きな意味を持ちます。というのも、テクノロジー系の企業の間では勝者が権利を独占する傾向があり、最初に問題を解決した企業は、競合他社が束になってもかなわないほどの力を持つことが多いからです。市場にある企業が既に存在していれば、あなたの企業がそれに取って代わることは至難の業でしょう。

これまでは、スタートアップを立ち上げる際には創業者自身やその周辺の人が抱える問題について取り組むべきというのが通説でしたが、このやり方はスタートアップの起業アイデアのフィルターとしては、あまりにも許容範囲が広すぎます。市場の効率性の面で考えると、問題に価値があってそれが解決可能と思われる場合、大抵は既に解決されています。もし解決されていなければ、解決が不可能であることの構造的な理由があるはずです。

投資家にとっては、この種の問題解決に取り組むよう創業者をけしかけることは、大数の法則から考えて、言わば勝利の戦略です。投資家は、自分が手を染めたほとんどのスタートアップが仮に失敗したとしても構いません。成功して市場を席巻しそうな1社か2社が含まれる程度まで多くのスタートアップに投資しておけば、その1社が成功するだけで十分、元は取れるからです。

しかし創業者にしてみれば、これはひどい戦略と言わざるを得ません。なぜなら大数の法則は投資家の側にあっても彼ら創業者の側にはないからです。スタートアップの創業者が純粋に価値ある問題を探る場合、それに期待通りの価値があるかを試す機会なんて何度もありません。そんなわけで、スタートアップの創業者として成功を収めようとするのであれば、起業アイデアをもっと目の細かいフィルターに通す必要があるでしょう。

既存のテクノロジー系企業に取って代わることもできず、未解決のまま残っている問題の解決を市場環境が阻んでいる可能性が高いとしたら、新たなスタートアップに成功する道はあるのでしょうか?

一見矛盾するかもしれませんが、スタートアップの胎動期においては、問題の解決という点からアイデアを考えるのは、いったんやめた方がいいでしょう。じゃあ、どうするのかというと、経済環境の変化とその変化によって解き放たれたチャンスに目を向けることが大切だと思います。

生物学的環境と同じように、経済的環境も常に一定ではありません。社会の道徳的基準は時と共に移り変わります。政治的環境は社会の規範に順応し、国家はよりリベラルな法の採択へと向かっていくでしょう。発展途上国の人々は徐々に豊かになるはずです。そして、技術採択における小幅な定量的前進が臨界質量のしきい値を超え、質的な変化を迎えるかもしれません。

環境の変化はスタートアップにチャンスをもたらします。テクノロジー系の企業の間では権利が独占されやすいため、この環境の変化を誰よりも早く捉え、有望なソリューションで市場に乗り出せば、市場の支配権を長期的に獲得する可能性が一気に高まるでしょう。

スタートアップ胎動期には、こう自分に尋ねてみてください。どのように世界が変化し、その変化に対して自分には何ができるのかと。そして、環境の変化を捉えることができた暁には、遅れを取らずに市場へと乗り出しましょう。それができて初めて、 問題の解決 という側面から自分の企業について考え始めればいいのではないでしょうか。

競争

スタートアップのアイデアを考え、それを評価するために環境の変化を見ることは、いいファーストステップですが、それだけでは十分ではありません。あなたが変化を発見する頃には、多くのライバルたちもそれに気付いているはずです。例えば、ある記者がトレンドについての記事を発表する場合、彼らが情報源とするのは市場で活躍している既存企業なのですからね。

先陣切って有望な製品を市場に持ち込めた場合、あなたの顧客はあなた(製品)と現時点の状態を天秤に掛けます。このような場合は、トレンドにいち早く反応するようなアーリーアダプターを探すのが吉です。製品がいい物であれば、時間が経つにつれて保守的な層の顧客にも浸透していくでしょう。

有望な製品を2番目に持ち込んだ場合、あなたの顧客はあなた(製品)と市場に最初に持ち込んだ企業(持ち込まれた製品)を比較することになります。そうなれば、あなたの仕事は桁違いに困難になるでしょう。もはやトレンドを活用するだけでは不十分で、最初の企業とは違うあなた自身の強みを示さなければなりません。これは経験的に言って、大方の創業者の皆さんが考えるよりもはるかに難しいことです。

ファースト・ムーバー・アドバンテージが激化する要因は、テクノロジー系企業が複利的な成長をするという点です。組織の構築は時間の掛かる作業ですからね。法人化、資金調達、人材募集、製品の出荷やマーケティングなどに費やされる時間は、優に数カ月分の作業に達します。市場に入るのが2番目の場合、要因はそれだけにとどまりません。あなたが製品を出荷するために右往左往している間にも、ライバルは既に彼らの製品でユーザーの拡大活動を繰り広げています。あなたよりもずっと前から、ねずみ算式の増加率でリソースを取得し、それによって多くの顧客にアピールしてきているのです。そんな中で、あなたは自分の製品がいかに先行の物と違うかを顧客に説明しなければなりません。そしてほとんどの場合、それは失敗に終わります。

強み

そんなわけで、まずは他の誰よりも先に有望な製品を市場に持ち込む必要があります。経験的に言って、既存の競合他社の上を狙うことでそれを実現するのは大変です。他の多くの企業が万が一、無能だったとしても、実力のある企業が1社あれば、あなたの成功の確率はぐんと減りますからね。だからまずはトレンドを見つけること、そして市場がオープンなうちに動き始めることが重要です。

変化にいち早く気付くことができるような法則はありませんが、独自の洞察を得られる位置に自分を置くことはできます。例えば、あなたの仕事や趣味を通じて、変化の兆しを得ることは可能です。音声認識について、私はそれが市場に出始めた時にちょっとかじったくらいで、それがどの程度有用なものになるかなんて予想もできませんでしたが、恐らく音声認識の研究者たちは、私が実感する数年前には音声認識が「必要十分」な出来になることは分かっていたでしょう。

時にはあなたのユニークなバックグラウンドを通じて、他の人が気付かないような変化を認識できることもあります。ほとんどの人には見えず、ある人だけが何かを気付く時の説明としては、これが一番もっともらしいですね。これは合理的な強みです。例えば、第三世界に住んだことがなければ、送金の重要性は理解できないでしょうし、第三世界では現在、デジタル送金が十分に可能なネットワーク網が形成されつつあることも分からないでしょう。

あなたに特定のユニークな強みがあれば、それを通じて変化を活用できる立場に就けるかもしれません。一部の変化については、おおよそ誰でも活用できると思いますが、中には深い技術的な知識や他の起業家が敬遠するような努力が必要なものもあります。自動運転車などはその一例ですね。誰もがあと数年で実現しそうだというようなことは話していましたが、実際はGoogleのみが知識と資本と決意をまとめ上げ、完成の一歩手前にまで到達しました。

強みは別の方法でも得ることができます。例えば大企業のリソースをあなたの判断で自由に使える場合、仮に市場への参入が遅れたとしても、大きなマーケティング予算が準備できたり、既存の流通インフラが使えたりすることで、競合他社を追い抜くことも不可能ではありません。ただし、これはスタートアップの世界では非常にレアなケースです。通常はリソースの優劣よりも、いち早くトレンドを見分け、製品を投入した方が結果に直結しやすいと言えます。

ストーリー

世の中の変化の観点から自分のスタートアップについて考えるということは、技術革新のモデルとしてより優れており、あなたのスタートアップが成功する可能性を飛躍的に高めてくれますが、それだけではありません。他にも意外な恩恵があるのです。

スタートアップの初期段階では、たくさんの人と話をする必要があります。潜在的ユーザー、アドバイザー、投資家、業界の専門家、立ち上げ時の社員、そして最終的には記者など、多岐にわたります。初めに尋ねられるのは、「あなたのスタートアップは何をするんですか?」という質問です。よって、自分のすることをきちんと伝えるというのが、最初の戦略的な課題になります。人間はストーリーテリングに反応を示すものですが、ストーリーの基本構造はどれも同じです。以下に挙げるのは、Pixarのストーリーテリングのルールから引用した、ストーリーを話すための最も単純な形式です。

昔々あるところに、___がいました。毎日、___。ある日のこと、___。そのおかげで、___。またそのおかげで、___。そしてついに、___。

最初の部分は設定です。日々は決まった流れで動いていました。ここで視点となるのは人々の日常生活です。次の部分は世の中の変化です。ここまでは、あなたのスタートアップとはほとんど関係がありません。あなたの描く環境の変化は、あなたが起業するかどうかにかかわらず必然的に起こるのです。市場は効率的なものでしたね? 変化に応じてあなたが企業を始めないとしても、他に始める人は大勢いるでしょう。あなたの目標は、有望な製品を携えて市場へ最初に出ることであり、そうすれば市場で優位に立てる可能性がおのずと高くなります。

世の中の変化を描いてから初めて、自分の製品や企業について話します。変化は、あなたの行動とは関係なく起こります。あなたはたまたま、その変化に最初に気付いただけなのです。

最後の部分は、あなたの企業が人々の生活をどう変えるかを示します。あなたのスタートアップが市場の大部分を占めるほど大きく成長したら、次に環境の質的変化を引き起こすのはあなたです。こうして、あなたのスタートアップは技術革新の循環を完成させることになります。

優れた企業のストーリーテリングは、こんな具合です。人々は内燃エンジンで動く自動車を購入しています。ですが、バッテリー技術のコストが下がったおかげで、電気自動車の製造が可能となりました。それでもまだかなり高価なため、私たちはまず高級車として売り出します。バッテリー技術のコストがさらに下がれば、大衆車にも手を広げます。そしてついに、あらゆる車が電気自動車となるように自動車業界が変化するのです。

このようなストーリーテリングは、あなたのスタートアップを推進するのに極めて有効です。アーリーアダプターや立ち上げ時の社員、アドバイザーは、あなたが新たな道にいざなっている人たちなので、支持してくれる可能性が高いでしょう。投資家の世界のモデルにも合っているので、彼らからの協力も得られそうです。そして、記者が記事にするようなストーリーを話しているのですから、メディアでも取り上げてもらえるでしょう。

優れたストーリーがあれば、様々なグループに対して一貫性のある方法で、自分のすることを非常に分かりやすく説明できます。さらに重要なのは、優れたストーリーが規範として機能することです。つまり、決めたことが示されているので、それに従った選択をせざるを得なくなるのです。ストーリーに合わない決定をしようとした時には、その決定を再検討するか、それともストーリーを改良するかを、はっきりと選ばなければなりません。初期の段階にあるスタートアップは、どんな方向にでも動く可能性があります。誤った道に進むことよりも、むしろ妥協を重ねることで駄目になる恐れが多いでしょう。優れたストーリーがあれば、誠実さを保つことができ、あらゆる人を満足させようと気負わずに済みますし、具体的な方向性が明確に見えるようになります。

例外

イノベーション市場は効率的であり先行者に取って代わることが圧倒的に難しいという考えには、議論の余地もあります。というのも、それに反する事例は簡単に挙げられるからです。

Beatsのヘッドホンがこの記事で述べた全てのルールに反しながらも成功したのは、ファッション業界が本質的に移ろいやすく不安定であるためです。Microsoft Surfaceが差別化に乏しい製品であるにもかかわらずかなり成熟した市場で成功したのは、マーケティングの予算が潤沢にあったためです。何年も気付かれることのなかったチャンスや、何十年も解決されることのなかった高度に技術的な問題は結局、誰かが突然手にするという場合も多いでしょう。止まらぬ勢いで成長していたような企業でさえ、重大な誤りを犯せば事実上、自滅してしまうのです。

スタートアップの世界では、こうしたケースはルールというよりはむしろ例外でしょう。大抵の創業者は、有名ヒップホップアーティストと巧みに提携することはできませんし、巨大規模の販売キャンペーンを安いコストで実施することもできません(スタートアップの人は「自分にはできる」と思ってしまうのですが)。スタートアップの人が自分は例外だと感じる傾向にあるのは、普通とは違った道を歩んでいるためですが、スタートアップの世界の中で見れば、あなたは自分が思っているほど例外的な存在ではありません。

もし自分は例外を見つけたと確信しているのなら、注意が必要です。多くのスタートアップが初動期に失敗し、その理由を探るのに何年も掛かる原因は、創業者が効率的市場とファースト・ムーバー・アドバンテージを理解できていなかったことにあります。ですので、このモデルについてよく考えて、まず理解してください。例外は確かにありますが、自分のしていることを深く理解するようにしましょう。自分のルールを作り出す前に、まずルールというものを知る必要があるのです。

思い込み

環境の変化という観点からスタートアップのアイデアを考える上で気を付けなければいけないのは、実効性があるように見えるため、早い時点で成功したと思い込んでしまうことです。そつがなく、頑固な起業家なら、大抵のスタートアップのアイデアを下支えする環境の変化の兆候を見つけられるでしょう。例えば食事のデリバリーサービスを始めようとしている場合、あなたは常に仮説を立て、提供する製品に関する売り文句を考え、その根拠となる確かなデータを探し、多くの人がそれを信じるまであの手この手で売り込むことができます。しかしこれでは、非常に説得力のある”フィクション”を考えたことになってしまいます。

これは自分の仮説を信じ込み、無意識に不都合な事実を拒絶するプロセスと変わりません。せっかく、系統立てて行ったプロセスも台無しです。この”確証バイアス”は科学の世界で命取りになる問題であり、それはビジネスの世界でも同じことです。
このようなやり方では、比較的簡単に豊富な資金や人材、メディアの関心をあなたの企業に引きつけることができますが、非常に危険な結果にもなり得ます。私は他人のお金を数百万ドルも使い果たし、プロジェクトに費やされた多大な労力を無駄にした人たちを知っています。その原因は、誤って非常に説得力のある”フィクション”を作ってしまい、出だしがうまくいっただけでその”フィクション”を正しいと思い込んでしまったためです。

ですから、ストーリーに説得力があるだけではダメです。そのストーリーが正しいことが同じくらい重要なのです。

ストーリーが正しいかどうかを判断するのは非常に難しい作業です。経済、SF、歴史、人類学、社会学など、多くの分野が絡んできます。世の中について深く考え、未来を見据える優れた洞察力を鍛えるための、大変な努力が必要です。努力が実を結ぶのはほんの一瞬かもしれませんが、偶然に運を任せるよりはずっといいでしょう。

洞察力

私が未来について考える上で役に立ったものをいくつかご紹介しましょう。次のような資料を基にストーリーの組み立て方を学び、そのストーリーに間違いがないかを見極める洞察力を養っています。

  • The Economist 』のライターは未来を見据えることに長けています(ただし、必ずしも正しいことを述べているとは限りませんが)。『The Economist』を数カ月読み続ければ、一般的な社会通念を身につけることができるでしょう。
  • Peter Thielの『 Zero to One 』(邦訳書:ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか)は名著です。ビジネス書の多くは駄文ですが、この本は例外です。
  • Harry Potter and the Methods of Rationality 」も示唆に富んでいます。ハリーが最初の11章までに行うことこそ、あなたが自分に対して問うべきことです。「ルールは千差万別。この世界には魔法が存在する。これから何が起きるだろう? ガリオン/シックルの鞘取りから富が得られるだろうか?」
  • また、自分が作った”フィクション”を一から見直すため、「 TV Tropes Wiki 」も折に触れて見ています。
  • William Gibsonのエッセイ『 Distrust That Particular Flavor 』は、実社会の技術革新について考える上で役立ちました。
  • Neil Postmanによる「 Five Things We Need to Know About Technological Change 」もテクノロジーに関する考え方がユニークです。彼は技術革新について消極的な立場ですが、テクノロジーがどのように伝播するのかについて、独自の有益な視点を持っています。

上のリンクを一通り読んだら、さらに深く掘り下げていきましょう。

世の中の仕組みについてより優れたモデルを知るため、ミクロ経済学についてできるだけ多くを学びましょう。需要と供給の基本だけでなく、補完財、代替財、弾力性、限界効用などの高度な内容についても学びます。

歴史も勉強しましょう。年号や名前を覚えるだけでなく、深く疑問を持ってください。オスマン帝国はヨーロッパと経済や技術の発展の仕方が似ていたにもかかわらず、封建制度が発達しなかったのはなぜでしょうか。蒸気機関の発明者が自ら生み出した利益をほとんど得られなかった理由は? 中国の文明がヨーロッパよりはるかに発展していた黄金期にヨーロッパを征服しなかったのはなぜでしょう。

人類学と民族学の基礎も知っておきましょう。文化を評価するための イーミックとエティック の手法を理解し、文化の違いについて深く考える力を身につけてください。

まずは基本を一通り確認し、そこから自分自身で掘り下げていくことです。注意深く見ていくと、信じられないところから教訓が得られます。世界について深く考え、実際に行動しましょう。正しい意思決定を行うための洞察力を身につけるには、実際に何かを決め、その結果を観察することです。考えすぎてなかなか行動に移せない”分析まひ”になってはいけません。企業を立ち上げ、自分の失敗から学んでいきましょう。

文章の作成、校閲を手伝ってくれたMicheal Lucyに感謝します。

監修者
監修者_古川陽介
古川陽介
株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクト開発統括室 グループマネジャー 株式会社ニジボックス デベロップメント室 室長 Node.js 日本ユーザーグループ代表
複合機メーカー、ゲーム会社を経て、2016年に株式会社リクルートテクノロジーズ(現リクルート)入社。 現在はAPソリューショングループのマネジャーとしてアプリ基盤の改善や運用、各種開発支援ツールの開発、またテックリードとしてエンジニアチームの支援や育成までを担う。 2019年より株式会社ニジボックスを兼務し、室長としてエンジニア育成基盤の設計、技術指南も遂行。 Node.js 日本ユーザーグループの代表を務め、Node学園祭などを主宰。