Heroku元CTOによる『ベルリンのスタートアップシーンへの旅』

Heroku社のCTOとして過ごした6年間は、私のキャリア人生において最も実りの多い経験となりました。では、次のステップとして進むべき道は?

2014年1月2日、片道切符を手に私はドイツに向かいました。

それ以前の私の生活(仕事や友人との交際など)のベースはサンフランシスコにありました。海外で暮らした経験は一切ありません。それにも関わらずドイツへの渡航に踏み切ったきっかけは、ヨーロッパのスタートアップシーンで活躍する人々と接触したいという1点に絞られます。ただし、突然「仲間に入れてください」と言って現れた私に、彼らがどんな反応を示すかについては、多少の不安があったことは認めなければなりません。

ヨーロッパに到着して私が目にしたものは、活気に満ちた企業や人々からなる活発なコミュニティで、彼らは私を心から歓迎してくれました。この投稿では、そもそもどうして私がヨーロッパに赴いたのか、そこでどんなことが起こり、これからどんな風に展開していくのかについて話してみようと思います。まずは事の初めから説明しましょう。

私自身について

私の名前はアダム・ウィギンス。シリアルアントレプレナー(いくつものベンチャー事業を次々と立ち上げる起業家)であり、ハッカー(開発担当)でもあります。Heroku社立ち上げスタッフの1人で、同社の前CTOとして名前をご存じの方もいるかもしれません。

起業することの面白みを知ったのは、ビデオゲーム業界で働いていた2000年当時、オライオン・ヘンリーに誘われて2人でTrustCommerce(トラストコマース)社を立ち上げた頃です。チャレンジ精神や情熱、知的刺激に満ちた起業プロセスに、あっという間に夢中になりました。

オライオンと私は、その後もいくつかのベンチャー事業を新たに立ち上げましたが、その過程で3人目のメンバーであるジェームズ・リンデンバウムと知り合います。そして2007年、私たち3人はウェブアプリを活用する際の問題点に注目し、これを解決する試みに着手しました。そのようにして生まれたのがHeroku社です。

もちろんHeroku社に大きな希望を持ってはいましたが、その先にどんな成功や困難が待ち受けているかについては、当時は予想もしませんでした。手始めにサンフランシスコに移り住み、Yコンビネータに参加。その後、ベンチャー・キャピタルから投資を受け、Rubyのコミュニティに深く関わっていきます。そして6年後、従業員は120人、イグジット額は約256億円(2億5,000万米ドル)へと膨れ上がり、Heroku社は世界でもトップクラスの成長率を誇る公開会社へと変貌を遂げたのです。何よりもうれしいのは、ディベロッパの間に私たちの名が知られるようになったこと、そしてウェブアプリの構築と運用に関して、新しい考え方を人々に提供できたことですね。

2013年の夏、私はある困難な決断を下しました。それはHeroku社を去るということです。チーム(会社のスタッフ)は私にとって家族のようなものですし、私たちが会社で成し遂げたことや、私の退職後も変わらない彼らのすばらしい仕事ぶり全てを私は誇りに思っています。しかし、Heroku社でやりたかったことは全てやり尽くしたと思うようになったことも事実です。そのような理由から、会社に居続けることをよしとしないという自分の考えに従うことにしました。

それから8カ月の間、私はゆっくりと体を休めました。そしてついに再始動の時期を迎えたというわけです。

スタートアップでの成功に続くキャリアは?

自身の企業を首尾よくイグジットさせたスタートアップのファウンダーたちが次に選択するキャリアとして、例えば創業間もない企業に投資するエンジェル投資家やアドバイザーといったものが挙げられます、あるいはベンチャー・キャピタル企業のEIR(客員起業制度)を利用してもいいでしょう。これらはとても魅力的で、いろいろな案件を担当できるため知的好奇心も満たせますし、自身が培ったスタートアップの経験を駆使して、クライアントが成功する手助けをすることもできますよね。そして何より、成長著しいスタートアップ企業の幹部として、日々の重責を担う必要もありません。

そのような流れから、私も投資家やアドバイザーにトライしてみました。しかし、やってはみたものの満足するには至りません。どうやら性分として、何かを構築したり所有したりする方が私には合っているようです。日々の業務の中でリスクと前進を天秤に掛けながら、限られた情報を頼りに難しい決断を迫られる状況に身を置きたいと思いますし、スタートアップを手掛ける中で体験する強い集中力やemotional rollercoaster(ローラーコースターのように移り変わる感情)の感覚も大好きですから。

かといって、成長を続けるHeroku社で過ごしたアドレナリン過多の6年間で蓄積された精神的疲労は、完全には抜け切っておらず、再び新しいスタートアップに着手するという段階にも至っていませんでした。加えて私の生涯にわたるビジネスパートナーであるジェームズとオライオンは、それぞれに独自のプロジェクトを進めている最中でもあります。ジェームズは、ディベロッパ向け製品を手掛けるスタートアップを支援するHeavybit(ヘビービット)社に関わっているところです。一方、オライオンは彼の妻であるジェイミーがディレクターを務めるThe Right to Heal(ザ・ライト・トゥ・ヒール)(発展途上国で必要とされる基本的手術を提供するためのドキュメンタリー製作・公衆衛生事業)で、彼女をサポートしています。

そんなわけで、オライオンとジェームズと私の3人がそろって次に何か新しい事業を始めるまでの間は、私は自分がするべき仕事を見つけなくてはなりません。

深く関わるアドバイス

私が見つけ出したのはアドバイス(企業に対する不定期の高レベルアシスタント、純粋な資金(Pure Equity)による支払い)とコンサルティング(関係の深い(Deep)短期間プロジェクト、時間給)の中間のような仕事です。私はそれを「深く関わるアドバイス」と呼んでいます。

関わり方の手順は、以下の通りです。

まずはファウンダー(あるいは企業の中枢を担う人物)から話を聞き、彼らが企業として、その時点で何にチャレンジすべきかを導き出します。そして、彼らが問題を解決するに当たって、私自身のスキルを生かして彼らを助けることができるか、そうでなくても、中身の濃いスタートが切れるようなプロジェクトを特定します。

例えば、最初のプロジェクトについてお話ししましょう。ベルリンにあるスタッフ10人のスタートアップが提供するClueは、女性が生理周期を管理するためのアプリです。同社の取り組みはまだ始まったばかりですが、テクノロジを駆使した製品を活用してリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の問題に取り組むという、さらに壮大なビジョンがあるようです。私はこのスタートアップに対し、技術インフラの整備、重要な人材の登用、重大なデータプライバシー問題への取り組みに関して、アドバイスを提供しています。

Clueに注目したきっかけは、同社の採用情報にあった次の説明です。

誤解しないでください。私たちは性に関わる製品を扱っていますが、イメージされるようなピンクやパステルカラーの雰囲気ではありません。モダンで魅力にあふれ、自信を持って科学的に取り組んでいるチームです。

(採用情報のページを見ると、その企業の雰囲気がよく分かりますね)

2月の大部分は、Clueのプロジェクトに充てる予定です。クロイツベルクにあるClueのオフィスに毎日午前10時からフルタイムで詰め、スタッフミーティングやチャットルーム、メールにも参加しています(Clue関連の質問があれば、adam@helloclue.comにメールを送ってください)。

なぜベルリン?

私はサンフランシスコが大好きで、自分に大変よく合った場所だと実感しています。大好きな友人もたくさんいます。ですが、サンフランシスコのIT企業ブームは限界点に達しているような気がしています。もはや開拓者とは言えないでしょう。

多くの起業家と同様、私は斬新さ、探求心、発見を旨としてやってきました。新たな分野を開拓し続け、最前線に身を置きたいと考えています。

つまりスタートアップの人間は常に新たな問題、新たな市場、そして新たな人材を求めているということです。そこで、新たな場所について私が求めていた基準をリスト化し、12人ほどの旅慣れた友人にアドバイスを求めて回りました。

こうしてざっと調べた結果、ケープタウン、プラハ、クラクフ、メルボルン、アムステルダムの名前が挙がってきましたが、第一候補に浮かんだのがベルリンだったのです。

ベルリンのスタートアップシーンを見て

新天地へ飛行機で向かっている時は、不慣れな環境でうまくやれるか落ち着きませんでしたが、そんな不安感は現地の人たちに出会ってすぐに解消しました。求人掲示板で見つけた企業数社にメールでコンタクトを取ることから始め、多くのミーティングを重ねて大規模なスタートアップイベントに参加する機会を得ることができました。

ベルリン、概してヨーロッパでは、スタートアップシーンがあまりにも歓迎的なので本当に驚きました。同時に、この活気に満ちた環境、つまりスタートアップの数、優秀で意欲的な人の多さ、さらに(数は多くないにしても)投資家の質まで高いことに大変ワクワクしています。

新しい分野を切り開いていこうとするパワーのある、刺激的な場所を追い求めていました。それがベルリンだと分かったのです。

ヨーロッパのこの雰囲気は、私が2007年にサンフランシスコへ移った当時を思い出させるものです。今となっては記憶があいまいですが、当時Yコンビネータはほとんど無名だったと思います。パートナーと私がYコンビネータのメーリングリストに参加すると、前のクラスの卒業生(全部で約10人)が大変歓迎してくれて、私たちのためにディナーを計画してくれました。そのディナーの場でDropbox(ドロップボックス)社のファウンダーが、ちょうど最初の資金調達を終えて人材採用を行ったところだと誇らしげに語っていました。この当時から考えると、世の中は随分変わったと感じます。

今日ではYコンビネータ出身者は数千人に上り、IT企業やあらゆる業種のスタートアップが、成功を求めてマウンテンビューに集まっています。すばらしいことだと思います。ただ私としては、もっと小規模で結び付きの強いコミュニティにいる方が楽しいですね。

シリコンバレーをヨーロッパに持ち込む

私は問題解決に対するシリコンバレーのスタートアップアプローチを信頼しています。このアプローチを使えば非常に多くの面で人間の状況が改善される可能性があるかもしれないのに、今日存在するスタートアップ企業ではほんの一部しか活用されていないと感じるのです。

スタートアップの思考や文化が世界中に広まってほしいと思います。スタートアップの文化とは、状況は改善できると信じ、”ユーザ経験”は至る所にあると信じ、熱心なメンバーから成る小規模のチームは大企業や政府機関といった確立した組織には成し得ない飛躍ができると信じる文化です。

私が身に着けたシリコンバレーの文化を少しでもヨーロッパに持ち込みたいと考えています。サンフランシスコからここに来たのは私だけではありませんが、スタートアップの場はカリフォルニアやアメリカしかないと考える人が少しでも減るよう、微力ながら手助けができればうれしいです。

結び

活気あふれるベルリンのスタートアップシーンでの「深く関わるアドバイス」は、非常にやりがいがあります。ここで冒険を続けていくのが楽しみです。

追記: ストーリーの結末が気になりますか? 数カ月後の続報をご覧ください。