「感情を売る」ということ : App Storeはソフトウェアのマネタイズをどう変えたか

マーケティングミックスは数ある有名なマーケティング理論の1つで、「4Pモデル」とも呼ばれています。この理論には、マーケティング計画の鍵となる、4つの主要素があります。

  • 商品(Product)実際に売られているもの
  • 価格(Price)商品はいくらで売られているのか
  • 宣伝(Promotion) 顧客はどのようにして商品のことを知るのか
  • 流通(Place)どこで商品が買えるのか

上の4要素の中でももっとも困難で高額、そして(例えば最大の堀のように)商品の最大の障壁だったのが、流通です。商品を顧客に見てもらうためには、流通に多額の投資が必要だったことは言うまでもありませんが、卸売業者や小売業者と関係を築く必要もありました。実際に流通管理ができている会社は大抵もうかっていました。

メディア業界で考えても、放送局は放送電波の権利を持ち、ケーブル局は通信キャリア(多額の利益を得ている民間会社によって提供された)を必要とし、新聞社は印刷機と配達トラックを所有し、音楽会社はアルバムを作成し店に出し、出版社も本を印刷して店に並べていました。ビジネスモデルとしては、今挙げた会社には、流通管理することで、流通させたものから利益を得るという共通点がありました。

しかし、メディア業界だけではありません。服や靴、鍋やフライパン、何であれ売るにはまず陳列されなければなりませんでした。つまり、卸業者や小売業者、運送業者などとのやり取りが必要となり、そして業者も利益を得ることになっていたのです。製造業の典型としては、小売価格の40パーセントを得ることができればいい方で、大抵の場合はそれ以下でした。しかも、これは商品を店頭に並べることができればに限っての話しでした。

古き良き時代

まとめると、どの業界でも新たにビジネスを始めるのはとても難しいことでした。ビジネスの機会を得るためには、素晴らしい商品だけでなく、商品を顧客の目に留めるための多額の投資が必要でした。それでも、商品の宣伝に手が回っていませんでした(宣伝費にも)。

これは大企業に利益をもたらしました。例えばプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)ですが、すでにP&Gの洗濯洗剤Tideや紙おむつパンパースを扱ってくれている小売店との関係を利用し、新しい商品のためのスペースを店頭に作ってもらったのです。大きなデパートチェーン店であれば、新しいアパレルラインの独占や値下げの要求をすることができます。メディア企業は、誰をいつ特集するのかを独断で決めることができます。実際にビジネスを軌道にさえ乗せれば、後は楽になるのです。

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これらは、「古き良き時代」のことで、既存のビジネスは知った同業者と競うか、大抵の場合市場を独占し、能力があれば規模を拡大することができました。もちろん、流通できない人たちにとってはうまくビジネスを展開できなかったでしょう。そのような人たちは苦労して製造した商品を適当な場所におき、それを買ってくれるのを祈るしかありません。顧客は顧客で、誰にでも使用できるよう作られた汎用商品で満足するしかなかったのです。

価格と流通の関係

例えば、App Storeが30%の手数料を取ることに対する苦情などもありますが、前述のことを考えるにこれにはあきれてしまいます。ソフトウェアの作成のほんの一部でしかないソフトウェアの発行と同じくらい重要なのが、ユーザが手にできるよう店頭に出すことです。発行元が小売価格の30パーセントを特権として手にできればラッキーでした。

App Storeは全てを変えました。今では開発者アカウントを持つ誰もが同じ条件でアプリを発行することができます。AppleとGoogleがこれを可能にできた理由は、インターネットが陳列スペースを無限にしたからです。流通の壁はなくなったのです。

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App Storeの開発者が気付いてきたように、問題なのは、「古い流通の壁こそが、一方では利益へと直結している」ということです。万人がソフトウェアを売ることができ、売る場所が解放されてしまうと、価格が0になり、誰も利益を得ることができません。

アプリ販売の問題

私は長らくAppleのApp Storeに対するアプローチについて批判してきました。最近では、From Products to Platformsで書いています。具体的には、App Storeがトライアルをサポートしないため、質の良い製品は差別化するのが難しく、価格設定を高くできません。また、アップグレード価格と顧客データがないため、開発者は既存のユーザからさらに利益を得ることもできません。

Appleが方針を変えたとしても、開発者の努力は徒労に帰すことになることも認識しています。2013年に『Open Source Apps』という記事で下記のように書きました。

経済学の観点からソフトウェア市場がとても面白いとされる理由は、限界費用が0円だからなのです。結局のところ、ソフトウェアはドライブの上のビットであり、一瞬にして複製できるものなのです。繰り返しになりますが、ソフトウェアの作成にどれだけ努力が注がれたのかには関係ないのです。努力は埋没費用なのです。重要になるのは、複製するのにかかった費用なのです。つまり、0円。

アプリがもたらした影響は明確です。ありふれたアプリのように差別化されていないソフトウェア製品は、必然的に無料となります。そのため、有料アプリの市場は主として消滅してしまいました。時間と共に代わりとなるものが低価格で市場に登場しています。低価格を実現できたのは、製造の限界コストを最終的に0円にしたからなのです。

だとしても、お金もうけが不可能なわけではありません。

差別化を図ったゲーム

ここでのキーワードは「差別化されていない」です。差別化するとはどういうことなのでしょうか。間違いなく、前述した4Pの最初の「P」、つまり商品でしょう。差別化が図られた商品は、何らかの理由から他よりも「良い」のです。しかし、あまりにも多くの場合、何が良いのかを明確にするのは非常に困難です。商品に対する評価は、いい「感じ」がするとか、あるいは、反対にどのように感じさせてくれるのかになるのです。過去にUXの重要性について何度も書いていますが、次のような結論にいつも至っています。体験を提供することは、機能を提供することではなく、親しみやすさや使いやすさ、時にはステータスやなじみやすさを含めた全体的な体験を提供することなのです。

App Storeで大成功を収め続けているキャンディクラッシュやクラッシュ・オブ・クランのようなF2P(基本プレイ無料だが、勝つためには必要なツールを購入する)ゲームアプリを考えてみてください。これらは、プレーヤーを巧みに操り、達成感以上のもの、つまりドーパミンを与えてくれるデジタルの世界でしか価値のないものに金を出させていると、 評論家は批判しています。しかし、反対に「だから何?」と思います。ゲームでドーパミンの分泌を促すことは、例えば有料な他の方法で促すのと、果たして異なるのでしょうか。もし、差別化を図るということが、機能を重視するよりもユーザの気持ちを良くする方が重要なのであれば、なぜソフトウェアという形で作られたものに対し、特に批判的になるのでしょうか。さらに、追記したいのは、デジタルでドーパミンを促すことは、開発者にとって公正なビジネスモデルとなっているのです。プレーヤーがゲームをすればするほど、開発者はお金を稼ぐことができるのです。

さらに極端な例を挙げると、課金に関係なく勝てるタイプのゲームはコンピュータで遊ぶものとしては、人気が上昇しています(そう、まだ需要があります)。Chris Dixonの投稿『Lessons From the PC Video Game Industry』は絶対に読んでほしいと思います。ここでは、課金に関係なく勝てるタイプのゲームのビジネスモデルを次のように書いています。

パソコンゲームの世界はフリーミアムモデルを極端な形にしたものだ。キャンディクラッシュのような「F2P」であるスマートフォン用ゲームに対し、Dota 2のようなパソコンゲームは「F2W(購入したツールに関係なく勝つことが可能)」である。ゲーム攻略のために金を払うことをするべきではない。それは、公平なゲームの精神を汚すようなものだ。(アニメ『サウスパーク』の登場人物のようにパソコンゲームをする人は、大抵スマートフォンゲームを認めず、人を巧みに操るものだと捉えている。)購入できるものの多くは、キャラクタの服やBGMのような、飾りものでしかない。League of Legends(Steamサイトにはない絶大な人気を誇るパソコンゲーム)は、昨年、これら飾りもので推定1,000億円以上の売上を達成したと言われている。

デジタルアバター用のデジタル服が1,000億円も売れたなんて、皆さんはあきれて目を白黒させているでしょう。でも、皆さんはどうですか。安いバッグよりもはるかに機能性が劣るのに6万円もするハンドバッグを持ったり、12万円の時計や2万円のネクタイを着用したりするのは、ばかばかしくありませんか。ファーストクラスに乗ったり、5つ星のホテルに泊まったりするのはどうでしょう。どちらもあの世に持っていけないんですよ。完全にばかげています。

もっと正確に言えば、容貌だけを見るのは、ばかげています。肝心なのは、デジタルなものを購入したら、皆さんがどう感じるか、その気持ちです。技能やステータス、またはちやほやされることを心から楽しいと感じるかどうか、そういった感情が、これらの商品全てから利益の上がる差別化をもたらしているのです。不変で身体的で、かつスプレッドシートに簡単に記載されるアイテムの価値の計算を制限すべきだと主張する方が、本当にばかげていると言えます。

自分の市場を作ろう

このように、パソコンゲームで開発者が行ったことは実は非常にすばらしいことで、あらゆるビジネスのモデルとして使えます。インターネットによって解放された競争の結果、有料パソコンゲームの市場でお金を稼ぐことは、ほとんど不可能になりました。その代わりに、開発者は事実上全く新しい市場を作りました。それは、自由なアクセスと品質の高いゲームプレイに魅了された人々であふれる仮想世界です。その後、ファッションに焦点を当てた企業が長い間満たしてきたのと同様のニーズを満たすために、開発者は、市場の所有権を活用しました。クールに見せたい、すなわち目立ちたいというニーズや、友達を感心させたい、つまり見た目を好きになってもらいたいというニーズです。

ちなみに、これがデジタルの世界だということは問題ではありません。誰かが関心や時間を注中させようと選んだ場所ならどこだろうと、最終的にはその人の現実です。つまり、League of Legendsのようなゲームは、そのゲームの住人にとって、パリのファッションブティックよりはるかに現実で、はるかに高級だということです。結局のところ、売り手は一人だけです。

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さらに、F2Pのゲームと同様に、経済面も全てそろっています。市場を作ることは、プレーヤーを1人増やした場合の限界費用に影響を及ぼさないことを意味する固定費です。(無料にすることにより)プレーヤーの最大数を増やし、プレーヤーがより長くゲームをするほど継続して支払われる別の収益源を開発し、それが実現したとき、開発者が確実に代価を得るようにしませんか。もちろん、その代価は比較的小さな単位しか得られないでしょう。しかし、私たちはインターネットで取引しているのです。つまり、大規模にそれを行うことができるのです。

さらに、私はこのモデルは広く適用可能であると思います。私は、2週間前に書いた記事で、「出版は将来、純粋に言葉を収益化するつもりはない。むしろ、ちょっと見つけるのが難しい他のメディアを通じて収益源となるファンを獲得するために言葉を活用しようとしている」と述べました。時間と注意は相変わらず貴重な商品で、ある分野で信頼を勝ち取ると、そこから別の分野でもお金を稼ぐ権利が与えられます。私が先週書いたように、ソフトウェアは一般的に、顧客にとって、より一層意味のある問題解決の手段として見なされるべきであり、ましてやコピーするのが難しくなければなりません。しかし結局、前述のように、ソフトウェアは、無限にコピー可能です。ですから、その特性をうまく利用した方が、ビジネスモデルを重力に抵抗して築くよりも(私のように…)賢明です。

さらに広い意味では、やはりビジネスは困難なものです。それはインターネット時代以前も今も変わりません。しかし、難しさの性質が変化しています。流通は一番難しいものでしたが、今では無料になりました。その分、節約された時間とお金は、さらに顧客に近づくことや、顧客がお金を使ってくれる理由を正確かつ細かく理解することに投資すべきです。本、音楽、ビデオ、服、その他のどんなソフトウェアも、それ自体の価値ではなく、ソフトウェアが購入者に対して何をしたか、つまり購入者がどう感じたか(情報を得た、幸せだ、リラックスしたなど)によって購入されたことは今までありませんでした。ニーズが現れる環境を作り出し、そのニーズを満たせば、皆さんのビジネスが成功するだけでなく、十中八九、「古き良き時代」の物理的に制約されていた一般的な成功者より広い範囲で成功するでしょう。