トーマス・ジェファーソンから学ぶスタートアップ創始者のための8つの教訓

私はトーマス・ジェファーソンの知識を求める情熱と、知的な気質に前から敬意を払っていて、最近 Jon Meacham著のThomas Jefferson: The Art of Powerを読み始めました。これを読み進めると、現代の起業家やスタートアップの創始者でも彼から学べるものが多くあると感じました。トーマス・ジェファーソンも創始者の1人であることは変わりないからです。しかし、彼は設立したのは会社ではなく国でした。

1. 時間は賢く使え

およそ人間の幸福を損ねるものの中で、怠惰という歯ほど静かにしかし致命的に、人をむしばむものはない。―トーマス・ジェファーソン

トーマス・ジェファーソンは時間を非常に重要なものとみなしており、怠惰を悪と考えていました。彼は1日2時間以上の運動を推奨していて、元気な体であれば、頭もよく働くと信じていました。運動以外の残りの時間は、与えられた仕事の技術を磨くことに使うべきだと考えていました。

2. 知識は力なり

ジェファーソンは可能であれば、”車輪の構造から絶滅危惧種の動物の解剖学まで”何でも学びました。

ジェファーソンは時間のほとんどを、周りの世界を学ぶことに費やしました。彼は”歩く百科事典”としても有名です。ジェファーソンは、知識は魅力的で愛おしい自分の所有物になると信じていました。そして、その知識が自分のものになるのをいつも楽しみにしていました。

ジェファーソンは考古学や気象学など、幅広い分野に精通しており、とても細かい人間で、レストランにある食品用の小型エレベーターや、自宅のドアが開く仕組みを設計するのにも時間を費やしていました。このような知識への情熱が、彼の成功を支える鍵となっています。

創始者にとって、知識というのは追求するべき尊いもので、私たちの成功に大きな役割を担ってくれます。私たちは常に学び続けるべきなのです。

夜に寝る時には、今朝に目覚めた時よりも賢くなっているべきである。―Charlie Munger

3. 仲間から学べ

ジェファーソンは、新しく知り合った人や、親しい友人との知的な会話を楽しんでいました。夜にはしばしば、ディナーやワインと一緒に、ディープな会話を友人たちと交わす時間を設けていました。このようにしてトーマス・ジェファーソンは長く続く友人や、メンターとの関係を築いていきました。まさに、アメリカの未来のリーダーの素質を定義づける習慣です。

社交的で好感を持たれるというのは、創始者にとってはとても大切な要素で、ジェファーソンは日々そうなるように努力していました。彼はむしろそれを楽しんでやっていたようです。

4. 創始者は書かなければならない

ジェファーソンは書くことが大好きで、生前いくつもの文書を残しています。アメリカ独立宣言の原案はもちろん、自分で書いたオリジナルの聖書まであります。現代を生きる私たちは、彼の文書からジェファーソンがどんな人物で、どのような考え方をしていたのかを読み取ることができます。そしてそれらの文書は彼の自叙伝としての役割も果たしており、偉業をなし遂げるための探究や、知識への情熱、そして彼の感情の明るい部分と暗い部分の両面が描かれています。

ジェファーソンにとって書くことは、考えを固めるための方法でした。紙の上で考えを書き通すことでそれを実践していました。創始者の頭の中は常にアイデアと競走しているようなものですが、書くことで考えに集中してまとめることができ、そのアイデアに従って行動することができるのです。

そして、ジェファーソンもしていたことですが、自分たちの体験を共有することはとても有意義なことです。そうすれば、未来の創始者たちが、私たちの成功や失敗から学ぶことができるからです。

5. 立ち直りの早さを身に着けなければならない

私自身、また私がこれまでに出会ってきた創始者たちと同様に、ジェファーソンは拒絶、混乱、批判に対して極めて敏感でした。こうした事態に直面して、ジェファーソンが激情の渦に巻き込まれ、その後自己嫌悪に陥ることも少なからずありました。しかし彼には気持ちの切り替えが速いという資質があったので、どん底の状況も、貴重で長く役立つ教訓として、その後の人生に生かすことができました。

創始者にとっては、逆境にあっても、そこから立ち直れる能力が重要です。名案や製品のピボット(方針転換)のアイデアは往々にして、製品の状況が最悪な時に浮かんでくるものです。

6. リーダーシップをとらなければならない

トーマス・ジェファーソンは生まれながらのリーダーの器だったと言う人がいます。そういう資質がいくらかはあったのでしょうが、本人の努力で教訓を学んだことは明らかで、生涯を通して人格を磨き続け、後世に知られるようになったジェファーソンの人となりを作り上げました。

ジェファーソンは、自分が学ぶべきものを持っていると感じた人々との交流に時間をかけました。彼は、そうした人々との友好関係を長年にわたって継続し、その交流の中から自分自身の人格を磨くと同時に、世界や自国に対する見識を深めました。

また彼は、選ばれて新しい職務に就くたびに、リーダーシップと影響力のレベルを上げたとも言えます。25歳でバージニア植民地議会議員に選出され、やがてバージニア邦知事になり、さらに連合議会代表に選ばれ、1801年にはとうとう大統領に就任しました。

7. メンター(相談相手)を見つけろ

トーマス・ジェファーソンは今の時代に生きたとしてもその賢明さが認められていただろうと思われますが、そんな彼は、尊敬できる友人とメンターをたくさん作り、折にふれて頼りにしていました。彼がメンターとして指導を仰いだのは、彼が設立したバージニア大学で数学と物理の教授を務めたWilliam Small、アメリカ法の最初の教授となったGeorge Wythe、バージニア植民地総督Francis Fauquierといった人々でした。彼はこうした人々との交流を深めることを通して、見識を広め深い知的な対話を楽しむことを心がけました。

現代の創始者である私たちにとっても、メンターを見つけることは、 ジェファーソンが重視した度合いに負けず劣らず重要です。メンターとはすなわち、自分のお手本になる人、アイデアをぶつける相手になってくれて、自分の人間的な成長を助けてくれる人です。

8. 問題を特定してソリューションを打ち出せ

トーマス・ジェファーソンはそもそも、非常に高い問題解決能力の持ち主でした。彼は、自国と自国民固有の問題に気づき、その問題を解決するのが自分の使命だと考えました。

ジェファーソンの行動を現代の私たちの行動と比較して例えるのは、少し強引すぎるかもしれませんが、とにかく、アメリカ憲法の起草者たちは、アメリカを統治しようと試みる一方でアメリカに暮らす人々の本国政府への参加は認めないという態度の海外政府を「外圧」と感じて、そこから逃れるための活動に注力しました。本質的に、アメリカ建国の父となった人々は、問題に向き合ってソリューションを作り上げました。それがアメリカの独立であり、結果として合衆国憲法を起草しました。これが現在のアメリカ合衆国につながっています。